リレーメッセージ

209 鞍陵25回生 ニュース VOL.44-1掲載
竹本 伸輔(たけもと しんすけ)です。 3年1組
 押忍!!! 入部時一年生たった二人の空手道部、全身ハガネのような体で、柔軟体操で涙を流さんばかりだった小方主将の命により、リレーメッセージを引き継ぎます。
 昭和56年春、故あって飯塚に就職し32年が過ぎようとしています。「嘉穂高校ごときが・・・」(私)、「たかが鞍手高校・・・」(息子)と他愛もない言い争いをしていた二人の息子(30歳、28歳)も、「ワーキング・プアーだ!」と愚痴を溢しつつも現在東京と神戸で働いています。
八木山峠の麓(伊川温泉の近く、因みに自宅も同じ泉源です)で、季節ごと野鳥の囀り、虫たちの声を聞きながら同業の妻と二人のんびり(でもないか?)暮らしています。本当は趣味が無く、たまの休日ソファーに寝っころがって、スカパーで好きな映画を観てるだけですが・・・。 ただ相変わらずの性格のため、突然「うなぎが食いたい。柳川の本吉屋に行こう!」とか、「紅葉が観たい、秋月に行こう!」などと言い出すため、何事も計画とおり進まないと気がすまない相方からは・・・。
 さて、地元にいながら、なかなか鞍陵祭にも参加できず申し訳ないと思っていますが、同期生との繋がりは仕事関係で渡邊和則、吉田祐司、小方幸弘、山口章、山上勉、藤村直敏(以上敬称略)、そしてなんと言っても、ある日(10年くらい前でしょうか?)職場の自室に帰ると、入江(長山)敦子さん以下女性数名が応接セットに鎮座し、顔を見るなり「竹本く〜ん!覚えてる〜?」には、あんぐりでした(入江さん、覚えてますか?)。また、小林喜平君はじめ東京在住の皆さんには、出張時ミニ同窓会を開催してもらったことを昨日のように覚えています。その節は本当にありがとうございました。と言うことで、次は東京でもお世話になりました私の永遠のアイドル、荒井(尾上)都志子さん、お願いします。

833 鞍陵25回生 ニュース VOL.44-2掲載
永末 秀雄(ながすえ ひでお)です。 3年7組
 アッと驚く為五郎!まさかの宮瀬さんからのバトンです。在学中は、一度も話をしたことがありません。
唯一の思い出は、1年2組(単独クラス)のとき、彼女が廊下を通ると、Y君やK君を中心に皆で拍手や指笛で歓迎したこと。あまりの歓迎ぶりに、やがて彼女が廊下を通らなくなったこと。 そんな、彼女との再会は、1998年9月25日の「ここらへんで集まろう会in福岡」でした。 それからというもの彼女のてきぱきとした采配で、2001年の鞍陵祭を迎えることができ、今日に至っています。在学中は高嶺のユリだった彼女と一緒に集うことができ、ありがたいことです。宮瀬さん、これからもよろしくお願いします。
 さて、現在の私といえば、今年、勤続35年、結婚30年を迎えました。家族は父、妻、子供4人(上から女、女、男、男)そしてワンコ2匹(♀♀)の大家族です。子供は女子1人、男子1人の予定だったのですが、女子、女子と続いたので、妻は男子を生むべく産み分けに挑戦しました。妻の話では、男子を生む確率は90%ということでした。かくして?待望の男子を出産することが出来ました。産み分け法については、ここでは割愛させていただきます。万が一、これからチャレンジしてみようという強者がいらっしゃいましたら、ご一報下さい。手取り足取りお教えします。
 ところで、サラリーマン生活も残すところ、あと1年余り。第二の人生のスタート、楽しみにしています。定年延長の選択肢もあるのですが、最後くらいは自分のやりたいことをやってみたいというのが本音です。これから一年間、じっくり自分の棚卸しをしてみたいと思います。「人生は出会いである」、入社時に当時の社長から云われた言葉です。若い頃は、「まあ、そんなもんか」くらいにしか思えませんでしたが、歳を重ねるごとに「そうやね」としみじみ思います。出会いで人生は変るともいいます。 この25回の仲間と出会えたことは、私の一生の宝物だと思っています。この絆を大切にしたいと思います。『ときめく会』が、ますます輝きますように! それでは、最近ご無沙汰の永田謙三君にバトンを渡します。

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