2000年度宮田鞍陵祭に多数の応援、ありがとうございました。
宮田支部の方々は、四ヶ月に及ぶ準備に本当におつかれさまでした。

2000年5月20日(土曜日)夕方6時から2000年度宮田鞍陵祭が開催されました。
心地よい風が吹いています。皆様、如何お過ごしですか?毎度、野田@事務局です。
さて、昨日(5/20)、宮田鞍陵祭が開催されました。25回としては、初めての当番であり、宮田支部の方々には準備でご苦労をお掛けしました。やや不安な面持ちの中、宮田鞍陵祭が開催されましたが、各回生の皆様には喜んで頂け、無事盛会のうち終了いたしました。 詳細につきましては、後日、支部よりのレポートがあると思いますので、お楽しみに!!


当日会場のお世話を頂いたのは下記の方々です。総勢34名と多数の方のご協力を頂きました。
宮田支部の方々 ※敬称略、組順
2組:尾仲 3組:小林、藤田、長谷川 4組:佐野 5組:園田、水摩 8組:手嶋、永尾、入江(長山)、木野(森下)
尚、当初より準備に関わって頂き、会議の場所を快く提供していただきましたが、当日所要により参加できませんでした4組岩見君、ありがとうございました。また、ご都合により打ち上げに参加できませんでした3組長谷川君は、下の写真には写っていませんが、ご協力ありがとうございました。
応援に駆けつけて頂いた他支部の方々 ※敬称略、組順
1組:長野、山口、吉田、田中
2組:波止、林、香月(澄川)、長谷川(宮近)、森(吉田)、内田、
3組:山下
4組:濱田、中川(福原)
5組:松尾、本浪、山本、渡辺
6組:野田、大谷(和久田)
7組:那須
8組:武内、藤村、宮瀬(栗原)

「宮田鞍陵祭」準備が本格化したのは今年の2月ではなかったろうか。25回のほとんどのメンバーは、この「宮田鞍陵祭」の存在すら知らない状態でのスタートであった。
従来の宮田鞍陵祭が広告収入で賄われている現実に直面し、その運営のあり方から討議が始まった。広告収入に依存しない、無駄な費用を使わない宮田鞍陵祭を目指して、宮田鞍陵会支部との折衝を重ねた。出席者の会費アップや協賛金への変更など、全て希望通りには行かなかったものの次世代の後輩達に少しでも良い形を残せればと、ギリギリの交渉が続いた。今まで印刷していたものを手間はかかっても費用をかけないようにとコピーをし、製本も自分達の手で行った。また、たとえ地味であっても楽しい「ときめく今」を共有してもらおうと「福引き」も嗜好を凝らしたものとした。また福引きの景品は、支部長・部会長会議の出席メンバーにお願いし、一人ひとつの景品を提供してもらった。
開催日が近づくにつれ、宮田のメンバーは一つになり、全員が許される時間をすべて準備に充て、自分の得意な事で協力していった。当日は応援の人も含めて25回の参加者全員が、司会をし、出席者をもてなすために受け付け、案内、飲み物や料理を運び、終了後の会場の後片付けまで半日立ちっぱなしという状況の中で、くたくたになって「もてなす」ことに徹した。慰労会の時、誰かが「本当にきつかったけど、楽しかった」と言ってくれたことが、四ヵ月にわたって準備を進めてきた宮田のメンバーにとっては最高の言葉だった。
ここで当日の参加は出来なかったが、自分の出来る範囲で最大の協力をしていただいた人を含めて宮田の全メンバーにお礼を申し上げます。また、当日は直方、飯塚、田川、北九州や福岡からも応援に来ていただき、本当にありがとうございました。「宮田鞍陵祭」に何らかの形で関わっていただいた全ての25回生に心よりお礼申し上げます。
宮田支部長:佐野、入江